電解研磨推奨条件

以下のような電解研磨の実験に基づく推奨条件が得られました。


推 奨 条 件

1.被削材

加工対象加工目標前加工熱処理
平面曲面, ステンレス鋼(SUS316)
形状精度
切削


2.加工条件

◆ 加工条件 ◆


・加工レベル:中

電解条件
電極材料名ステンレス
電極形状280mm diameter
電極その他溝1mm幅 8本
印加電圧
電流
電流密度
電解溶液材料NaNO3
電解溶液濃度20wt%
液流量3L/min
pH
加工時間10min
砥粒研磨条件
圧力13.7kPa
回転数170rpm
砥粒材質Cr2O3
砥粒径1.0-3.0um
砥粒量3wt%
研磨材ポリエステル系不織布
粒度番号
研磨材径


・加工レベル:仕上げ

電解条件
電極材料名ステンレス
電極形状280mm diameter
電極その他溝1mm幅 8本
印加電圧10V
電流
電流密度
電解溶液材料NaNO3;NaOH;HNO3
電解溶液濃度3;0;0wt%
液流量3L/min
pH10
加工時間
砥粒研磨条件
圧力13.7kPa
回転数170rpm
砥粒材質Colloidal-SiO2
砥粒径0.07um
砥粒量150g/L
研磨材ポリエステル系不織布
粒度番号
研磨材径

◆ 装置図 ◆



装 置



分析テーマ「オスカー式研磨機によるステンレス鋼の電解砥粒研磨」

加工に関わる実験グラフと解説

微分干渉顕微鏡による電解砥粒研磨面の表面状態の変化
研磨加工では、前加工工程による加工変質層がその後の研磨加工の表面精度や、加工効率に影響を及ぼすことがある。そのため本実験においても、まず前加工工程の相違が後の電解砥粒研磨加工の研磨速度や表面粗さに及ぼす影響を調べた。遊離砥粒のSiC#600、#1000によるラッピング面および旋削面の合計3種類の表面状態の異なる試料を作製した。図には旋削面とSiC#600の試料表面を同一条件でCr2O3砥粒による電解砥粒研磨を行った際の表面状態の変化を示す。旋削した試料の初期段階の電解砥粒加工表面は、まず波長の短い微少な凹凸がなくなり、続いてバイトの切り込み幅に相当すると思われる大きなうねりが除去されて平滑化されていく。一方、#600ラッピング加工面では、遊離砥粒による周期性のない表面が徐々に鏡面になっていく。旋削加工面は、Cr2O3による10minの電解砥粒研磨で4.4um除去され一定鏡面になったが、#600遊離砥粒によるラッピング面では、4.3um除去するのに17.5minの研磨時間を要した。

Rmax=4.2um、Ra=0.08um


2.5min、1.1um除去


5.0min、2.1um除去


10min、4.4um除去、Rmax=50nm、Ra=2.3nm


Rmax=2.0um、Ra=0.14um


10min、2.0um除去


15min、3.4um除去


17.5min、4.3um除去、Rmax=40nm、Ra=2.5nm

a.旋削面
b.#600ラップ面

図1.微分干渉顕微鏡による電解砥粒研磨面の表面状態の変化


前加工面が電解砥粒研磨速度に及ぼす影響
図に研磨除去深さに対する研磨速度の変化を示す。旋削により加工した試料面の場合、電解砥粒研磨加工の初期段階での研磨速度は、0.5um/minであるが、電解砥粒研磨加工が進行するにつれて、およそ0.36um/minの一定値にまで減少する。一方、遊離砥粒によりラッピングした試料では、加工初期段階、すなわち電解砥粒研磨による除去深さが2.0um以下での加工速度は0.2um/minと小さいが、加工が進行するに従って#1000では除去深さ3.0um、#600では除去深さ4.0-5.0umで研磨速度がおよそ0.36um/minに到達した。以上の実験結果については、遊離砥粒によるラッピング加工面では加工によって表面に生じた硬化層の影響により研磨速度が小さくなるのではないかと考えられる。
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図2.前加工面が電解砥粒研磨速度に及ぼす影響


ラッピング表面からの除去深さとビッカース硬さの関係
表に#1000の遊離砥粒ラッピング面からのCr2O3砥粒を用いた電解砥粒研磨による除去深さとビッカース硬さの測定結果を示す。除去深さ2.75umで試料素地の硬さHv170になっている。これらのことから、ラッピングによって生じたステンレス鋼表面の硬化した加工変質層の深さは、#1000では約3umであると推定できる。なお、#600によるラッピング面の硬化した加工変質層の深さは、図2よりおよそ4-5umであると推定でき、さらに除去深さ0umの時の硬さはHv335であり、#1000の場合(Hv224)より硬化していることも確認した。
除去深さ
(um)
研磨速度
(um/min)
ビッカース硬さ
(HV)
0
0
224
0.45
0.04
201
1.12
0.1
205
1.69
0.15
173
2.25
0.2
177
2.75
0.25
170
4.4
0.36
170

表1.ラッピング表面からの除去深さとビッカース硬さの関係


砥粒の種類の違いが研磨速度に及ぼす影響
図は各種砥粒の違いによる印加電圧と研磨速度の関係を示す。電圧を増加させると、どの砥粒においても研磨速度は増加した。
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図3.砥粒の種類の違いが研磨速度に及ぼす影響


砥粒種類が表面粗さに及ぼす影響
図は砥粒の違いによる電圧と最大表面粗さRmax、Raの関係を示す。表面粗さについては、Al2O3とZrO2がCr2O3に比べて良かったが、研磨速度はCr2O3が最も速いため、一次加工の砥粒としてCr2O3を選択し、本実験および以下の実験では、Cr2O3砥粒を用いた電解砥粒研磨により加工硬化層を除去した面を下地面として研磨実験を行った。なお平均砥粒径は、Cr2O3:1.0-3.0um、Al2O3:0.7um、ZrO2:0.2umである。印加電圧15V以上では、工作物外周部に電流過剰に起因するくもりが生じ、良好な鏡面は得られなかった。図のAl2O3の15Vについても鏡面が得られなかったため、データとして示さなかった。
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図4.砥粒種類が表面粗さに及ぼす影響


陰極面積が電解砥粒研磨速度に及ぼす影響
図は砥粒にCr2O3を用いた場合の陰極の面積(溝の本数)の違いが加工速度に及ぼす影響を示す。溝の本数が多いほど陰極面積が増加するため、工作物に流れる電流の増加に伴って研磨速度も増加する。
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図5.陰極面積が電解砥粒研磨速度に及ぼす影響


砥粒種類とpHが電解砥粒研磨速度に及ぼす影響
さらに表面粗さの小さい仕上げ鏡面を得るために、Cr2O3加工面を下地面としてシリカ砥粒粉末(以後、単に"SiO2"と表記、平均砥粒径0.05um)とコロイダルシリカ(以後、"Colloidal-SiO2"と表記、平均砥粒径0.07um)を用いることにより、同様の実験を行った。電解液濃度(電解質:NaNO3)3wt%、砥粒濃度150g/l、溝本数8本、その他の加工条件として加工圧力、定盤回転数は同一とした。さらにpHの依存性を調べるためにNaOHとHNO3によりpHをpH2、7、10と変化させ、研磨速度、表面粗さ、電流効率を調べた。図にSiO2とColloidal-SiO2についてpHを変化させた場合の電圧と研磨速度の関係を示す。研磨速度は平均砥粒径が小さいのに応じて、電解液濃度を3wt%としたため、図3の場合より小さい。ところでこの実験結果では、SiO2よりColloidal-SiO2の方が平均砥粒径が多少大きいにもかかわらず、研磨速度は小さい。またSiO2に関しては印加電圧7Vおよび10Vの時、pH10>7>2の順に研磨速度が大きく、Colloidal-SiO2では、pH2>7>10と逆順であった。なお砥粒を用いずに電解質のみを添加したpH2のHN3水溶液を用いた場合の研磨速度は0.01um/min、pH10のNaOH水溶液の研磨速度はほぼ0um/minであった。しかし印加電圧10V以下の時、SiO2砥粒を混合した場合では、pH10の方がpH12よりも研磨速度が大きい。この結果から、酸やアルカリの化学成分は砥粒との組み合わせによって研磨速度に差異を生じさせると考えられる。
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図6.砥粒種類とpHが電解砥粒研磨速度に及ぼす影響


砥粒SiO2とpHが表面粗さRmaxに及ぼす影響
図に電圧と表面粗さRmaxの関係を示す。SiO2の場合、Colloidal-SiO2よりも表面粗さは悪く、さらに印加電圧10Vで、pHの影響を受けpH2>7>10の順に粗さが大きかった。一方、Colloidal-SiO2の方は平均砥粒径がやや大きいにもかかわらず表面粗さは10nmRmaxの鏡面が得られた。SiO2砥粒、Colloidal-SiO2両方ともpHは表面粗さに影響を及ぼし、酸性側では悪く、アルカリ性側では良いという結果を得た。SiO2に比較してColloidal-SiO2のほうが良好な表面粗さが得られる原因としては、(1)Colloidal-SiO2のほうが平均砥粒径は大きいが砥粒分布が小さく砥粒形状が均一であることが考えられるが、さらにそれぞれの砥粒についてpH10は最も良い表面粗さが得られていることから、(2)Colloidal-SiO2に添付されているNaOH以外の化学成分によるもの、(3)工作物とSiO2の電位差に比較してColloidal-SiO2との電位差のほうが小さくなるなるため、などの理由も考えられる。
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図7.砥粒SiO2とpHが表面粗さRmaxに及ぼす影響


電気泳動実験の各種砥粒の電極付着状況
表に示すように前図の(3)に関連した電気泳動実験によれば、本実験で用いたColloidal-SiO2-Aは通常(電解質を添付しない場合)は負に帯電しているために陽極に泳動する。しかし電解質であるNaNO3を添加し加工液として使用する際には、陰極に泳動したことから正に帯電していた。結果として、工作物と砥粒との電位差は小さくなったといえる。さらにColloidal-SiO2を用いたシリコンの研磨でシリコンと砥粒との電位差を小さくすることによって表面粗さが向上するという報告もあり、本実験においても表面粗さが良くなる一つの要因と考えられる。



表2.電気泳動実験の各種砥粒の電極付着状況


各種砥粒と電流効率の関係
砥粒加工を伴う場合の電流効率の計算の際には、電解液出量と砥粒による機械的除去量、およびNaOHとHNO3も用いているため、酸やアルカリの化学成分による化学的除去量を分離して考える必要がある。しかし複合加工の状態で、すなわち本加工形態での研磨加工進行中における電解液出量を測定するのは難しいため、ここでは印加電圧0Vの時の除去速度が複合加工状態の機械的除去量と化学的除去量の和と同じと仮定して試算を行った。なお溶出原子価については電解加工の場合に準じるものとしFe、Cr、Niが3価、Mnは2価として計算したSUS304の電気化学当量0.197mg/Coulを用いた。電流効率は電解液出量の理論値(Faradayの法則に従った場合)との比で定義され、ここでは電気量1Coul当たりの溶出量mgを電気化学当量で割った値を100倍して%で示す。図に砥粒種類による印加電圧と電流効率の関係を示す。印加電圧5Vでは電流効率に大きなバラツキが生じているが、10V、15Vになるにつれて徐々に小さくなり、15Vでは20%以下になった。
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図8.各種砥粒と電流効率の関係


SUS316表面の微分干渉顕微鏡写真
図はColloidal-SiO2を用いた電解砥粒研磨法によるSUS316表面の微分干渉顕微鏡写真である。印加電圧0Vでは結晶粒界に起因すると思われるクレーター状のくぼみが発生したが、7Vでは認められなかった。これらのことから、印加電圧0-5Vでは活性化領域であるため工作物表面に形成される酸化皮膜が薄く、電流効率が低くなる反面、砥粒が素地に達する確率が高くなることから結晶粒界が顕在化しやすいと考えられる。一方、5V以上の不慟態化領域では、印加電圧が高くなるに従って、電流は材料除去よりも酸化皮膜形成に寄与する分が多くなるため、電流効率は低下する。その結果、材料素地に達する砥粒がなくなり結晶粒界が顕在化しなくなり結晶粒界に起因するクレーター状のくぼみは発生しなくなると考えられる。なお、20nmRmaxの表面粗さが得られる高能率電解砥粒研磨における電流効率は20%であり、本実験結果と同程度である。

砥粒:Colloidal-SiO2、印加電圧:0V

砥粒:Colloidal-SiO2、印加電圧:7V

図9.SUS316表面の微分干渉顕微鏡写真


Colloidal-SiO2を用いた電解砥粒研磨法によるSUS316の表面プロファイル
図は位相シフト干渉式粗さ計による表面プロファイルである。


図10.Colloidal-SiO2を用いた電解砥粒研磨法によるSUS316の表面プロファイル


加工面の平面度
図に干渉計による平面度測定結果を示す。表面粗さはRmax=10nm、Ra=1.0nm以下、平面度は60mmφで1.0umの鏡面が得られた。


図11.加工面の平面度



結論
金属部品材料の表面全体を均一に加工し、良好な平坦度および表面粗さを得る目的で、オスカー式研磨機を用いたステンレス鋼(SUS316)の電解砥粒研磨実験を試みた。研磨パッドに比較的硬質なポリエステル系不織布タイプ、遊離砥粒にCr2O3、Al2O3、ZrO2、SiO2、Colloidal-SiO2を用い、0-15Vの電圧で実験を行った結果は以下のとおりである。1)SiCの遊離砥粒ラッピングにより硬化した加工変質層が存在しても、平均砥粒径1.0-3.0umのCr2O3砥粒を用いた電解砥粒研磨法により、17.5minで除去することができた。2)平均砥粒径0.07umのColloidal-SiO2を用い、印加電圧5-15Vでの電解砥粒研磨法により、表面粗さRmax=10nm、Ra=1.0nm、平坦度1.0um(φ60mm)で、結晶粒界が顕在化しない鏡面を得ることができた。さらに良好な表面粗さを得ることができる理由について検討した。



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